白ネギ嫌いでも食べやすい岩津ネギ


朝来市の特産品、「岩津ねぎ」、江戸時代に銀の採掘に携わっていた人々の、冬の栄養源として栽培が始まったとされる。

私が最も苦手な白ネギなので遠ざけていましたが、先日、初めて岩津ネギを食べました。

そしたら、甘くてとろけるように口の中に入っていきました。

白ネギの歯切れの悪い感じがなくて、白ネギ嫌いの私でもこれなら、普通に食べることができます。


ねぎ特有の香りと辛味のもとは「アリシン」という成分が血行をよくして体を温め、

疲れのもとになる乳酸を分解してくれるので、ねぎを食べると体がポカポカ、

疲れが吹き飛びひき始めの風邪を撃退することができるらしい。

血の巡りがよくなるので、肩こりの解消や血栓を予防する効果まであるんです。

また胃液の分泌を助けるので、胃腸の働きがよくなり食欲も増進。

たっぷりの食物繊維とぬめり成分は、お通じの心づよい味方になります。



岩津ネギとろける甘さ太いかな   播磨公




JA但馬
https://www.ja-tajima.or.jp/tokusan/yasai/negi.html

Green gift
https://www.greengift.jp/knowledge/

醤油発祥の地 紀州湯浅「最初の一滴」


和歌山に縁あって、最近、たまに和歌山へ行くようになっている。

先日、感動したことのひとつに、紀州湯浅の金山寺味噌の1滴から生まれた醤油醸造。

ゆずポン酢を買ったが、まろやかで非常に美味しい。

お勧めです。


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紀州から最初の一滴ソイソース  播磨公






以下、日本遺産ホームページ 参照
https://japan-heritage.bunka.go.jp/ja/stories/story047/index.html

「最初の一滴」醤油醸造の発祥の地 紀州湯浅

日本人の味覚に染みわたる繊細で深い味わいと芳しい香りを持つ醤油。紀伊半島西岸、紀州湯浅の地で、産業としての醤油造りが産声を上げた。仕込桶の中で醸成され、零れ落ちた最初の一滴は、やがて水面に広がる波紋のように日本中に広まり愛用され、私たち日本人の豊かな食文化の根幹を担い、今日では『醤油=Soysauce(ソイソース)』は、世界の人々に和食の文化と共に認められている。

湯浅醤油の始まりと広まり

醤油造りの始まりは、遥か中世の時代にまで遡る。鎌倉時代の禅僧覚心(法燈国師)が建長元年(1249)に宋に渡り、径山寺(現在の中国浙江省にある径山興聖萬壽禅寺)などでの修行の傍ら、径山寺味噌の製法を習得し建長6年(1254)に帰国する。

径山寺味噌とは夏野菜を漬け込んで作る嘗味噌の一種で、今日ある金山寺味噌の祖である。覚心はこの製法を人々に伝授し、湯浅で盛んに作られるようになった。

金山寺味噌

味噌を造る過程で、野菜から水分が染み出し桶に溜まる。それまでは捨ててしまっていたが、あるとき、その一滴を掬ってなめてみると何ともいえない芳醇な味がする。この旨味に満ちた汁で魚や野菜を食べれば、きっと美味しいに違いないと考えた湯浅の人々は、この汁をもっと作ろうと工夫を重ねた。こうして現在の醤油が生まれたという。

年末年始9連休

長い休みと思っていたが、あっという間に過ぎ去った。

親族や大学時代の友達にあったことぐらいで、自分自身の向上のために何もしなかった。

冬眠したかのようであった。


明日から仕事、社会貢献しよう。

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都メッセ京都(京都市勧業会館)で開催されていた日展を鑑賞。




何もしない贅沢寝正月  播磨公